INTERVIEWEE
鈴木 鉄忠
SUZUKI Tetsutada
東洋大学 国際学部 国際地域学科 教授、東洋大学 国際共生社会研究センター 研究員。博士(学術)。専門分野は地域社会学。スローなまちづくり全国推進委員会事務局長。著書に『「見知らぬ私の地元」の探究―前橋・赤城スローシティのフィールドワーク』(上毛新聞社)など。
イタリアで実感した「スロー」な暮らしの魅力

──先生が専門分野を定められたきっかけを伺えますか。
地域社会学に関心を持つようになったのは、20代後半にイタリアへ留学したときの経験がきっかけでした。滞在していた人口20万人ほどの都市・トリエステや、滞在中に足を運んだより小規模な町たち……。どこを訪れても活気にあふれていて、とても魅力的でした。市民が自分の町に誇りを持ち、ローマやミラノのような大都市を羨む様子がないのです。その姿に、日本の「大都市志向」との違いを強く感じました。
生活様式や文化の面でも、日本とは異なる点が多く、非常に興味深かったです。週末は家族とゆっくり過ごし、昼食に3〜4時間かけることも珍しくない。客人をもてなすときも、高級レストランではなく自宅に招き、手作りの郷土料理を振る舞う。食事という行為が、人や地域をつなぐ大切な役割を果たしていることを実感しました。当時、研究に行き詰まっていた私にとって、イタリアでの暮らしは心をほぐしてくれるものでした。
その後、スローフード運動やスローシティ運動を知り、これらが大都市ではなく小さな町から生まれたことに衝撃を受けました。そこから、小さな町や地域そのものに強い関心を抱くようになったのです。
速さより、豊かさを。「地域のリズム」を取り戻すスローシティ
イタリア、グレーべ・イン・キアンティ (撮影:鈴木 鉄忠)──今回のテーマである「スローシティ」について教えてください。
スローシティは、もともと「スローフード運動」から発展して生まれた取り組みです。スローフード運動が始まったのは1986年。ローマにマクドナルドが初出店することに対し、多くのイタリア人が反対の声を上げたことがきっかけでした。旧市街の景観がファストフード店の看板で損なわれてしまうことへの危機感や、いつでも・どこでも同じ味を提供するファストフード文化への違和感。そして何より、イタリアに根付いてきた伝統的な食文化を守りたいという強い想いが背景にありました。
こうした人々の想いが結集し、「均質化された速い食事」ではなく「地域の食材や伝統料理をゆっくり味わうこと」に価値を置くスローフード運動が誕生します。イタリアに古くからあった「人と食卓を囲み、ゆっくり食事を楽しむ」という文化に改めて「スローフード」という名前を与え、守ろうとしたのです。
その理念を食べ物だけでなく都市政策全体のあり方へ広げようと、1999年に4つの小さな町が集まり、スローシティ(正式名称はチッタスロー)運動が始まりました。地域固有の文化や自然環境を尊重し、それらを未来へ受け継いでいくことを目指す取り組みです。現在では、理念に賛同する世界中の町や地域が参加し、「スローシティ国際連盟」として活動しています。
加盟にあたっては認定制度があり、人口が5万人以下であることのほか73項目の基準が設けられています。例えば、車に頼らず暮らせる環境づくりが進んでいるか、地域産の食材を学校給食に取り入れているか、といった点が評価の対象です。これらの基準の半数以上を満たした町が、スローシティとして認定されます。
──「スロー」の理念に賛同する町や地域が、世界中にあるのですね。
スローシティという名前から、どうしても“ゆっくりした暮らし”を想像してしまいますが、実際はどのような考え方なのでしょうか。
よくそのように誤解されがちなのですが、スローフードやスローシティが実際に目指しているのは「ゆっくり」ではなく、「その地域にとってちょうどよい、無理のないリズム」です。町や地域によって「適度なリズム」は異なるため、それぞれに合った規模やペースで経済活動や暮らしを営んでいこうという考え方なのです。
ですから、スローシティはデジタル化やAIの使用を否定していません。むしろ、最新のテクノロジーも活用しつつ、それらを目的化しないことが重要だと考えます。作業のスピードを上げること自体を目的とするのではなく、「よく生きる」という本来の目的のために、効率化できるところは効率化する。例えば、仕事でAIを活用して余暇時間を生み出し、その分を家族との時間に充てるといったイメージです。
スローシティは、もともと「スローフード運動」から発展して生まれた取り組みです。スローフード運動が始まったのは1986年。ローマにマクドナルドが初出店することに対し、多くのイタリア人が反対の声を上げたことがきっかけでした。旧市街の景観がファストフード店の看板で損なわれてしまうことへの危機感や、いつでも・どこでも同じ味を提供するファストフード文化への違和感。そして何より、イタリアに根付いてきた伝統的な食文化を守りたいという強い想いが背景にありました。
こうした人々の想いが結集し、「均質化された速い食事」ではなく「地域の食材や伝統料理をゆっくり味わうこと」に価値を置くスローフード運動が誕生します。イタリアに古くからあった「人と食卓を囲み、ゆっくり食事を楽しむ」という文化に改めて「スローフード」という名前を与え、守ろうとしたのです。
その理念を食べ物だけでなく都市政策全体のあり方へ広げようと、1999年に4つの小さな町が集まり、スローシティ(正式名称はチッタスロー)運動が始まりました。地域固有の文化や自然環境を尊重し、それらを未来へ受け継いでいくことを目指す取り組みです。現在では、理念に賛同する世界中の町や地域が参加し、「スローシティ国際連盟」として活動しています。
加盟にあたっては認定制度があり、人口が5万人以下であることのほか73項目の基準が設けられています。例えば、車に頼らず暮らせる環境づくりが進んでいるか、地域産の食材を学校給食に取り入れているか、といった点が評価の対象です。これらの基準の半数以上を満たした町が、スローシティとして認定されます。
──「スロー」の理念に賛同する町や地域が、世界中にあるのですね。
スローシティという名前から、どうしても“ゆっくりした暮らし”を想像してしまいますが、実際はどのような考え方なのでしょうか。
よくそのように誤解されがちなのですが、スローフードやスローシティが実際に目指しているのは「ゆっくり」ではなく、「その地域にとってちょうどよい、無理のないリズム」です。町や地域によって「適度なリズム」は異なるため、それぞれに合った規模やペースで経済活動や暮らしを営んでいこうという考え方なのです。
ですから、スローシティはデジタル化やAIの使用を否定していません。むしろ、最新のテクノロジーも活用しつつ、それらを目的化しないことが重要だと考えます。作業のスピードを上げること自体を目的とするのではなく、「よく生きる」という本来の目的のために、効率化できるところは効率化する。例えば、仕事でAIを活用して余暇時間を生み出し、その分を家族との時間に充てるといったイメージです。
日本におけるスローシティ運動の広がり
群馬県前橋市(撮影:鈴木 鉄忠)
──日本にも、スローシティとして認定されている町や地域はあるのでしょうか。
はい、現在日本では二つの自治体がスローシティとして認定されています。宮城県気仙沼市と、群馬県前橋市の赤城南麓エリアです。まず、気仙沼市は日本で最初にスローシティに加盟した自治体です。海の恵みを活かした漁業、養殖業、水産加工業が盛んで、もともとスローフード運動にも積極的な町でしたが、東日本大震災を経て「どのようにまちを復興させていくか」を考える中で、スローシティの理念がまちづくりの指針の一つとして選ばれました。
一方、前橋市は人口約33万人と、スローシティの要件である「人口5万人以下」には該当しません。そのため、市内の赤城南麓エリアのみがスローシティとして認定されています。赤城南麓は農業や養豚が盛んで、自然や観光資源にも恵まれた土地です。「観光地としてだけでなく、市民の憩いの場としてこの土地を守りたい」という思いが、スローシティの理念と重なったのです。
──今後、日本においてスローシティ運動はどのように展開していくとお考えですか。
すでに認定されている二か所以外にも、スローシティに関心を寄せる自治体は少しずつ増えています。例えば、長崎県佐世保市の高島、千葉県香取市、岡山県井原市などの地域です。認定されれば、その地域の魅力がより認知されやすくなるというメリットもあります。
ただ、私自身は「日本にスローシティが無理に増える必要はない」と考えています。スローシティは“数を増やすこと”が目的ではなく、その理念が本当に合う地域が取り組むべきものだからです。今後日本においては、急激に加盟地が増えるというよりも、時間をかけて理念がじっくりと根づいていくような広がり方をするのではないかと思います。
そのような広がり方こそが、私たち一人ひとりの地元への愛着や誇りをより深めてくれるはずです。大都市と地方を序列化するのではなく、それぞれの地域が固有の魅力と個性を持つという認識が、より広く共有されていくことを期待しています。
個人が日常で実践できる「スロー」な生き方

──「スロー」の精神を日常生活に取り入れるためには、どうすればよいのでしょうか。
ゴール(目的)ではなく、プロセスを大切にすることや、効率から外れることを意識してみるとよいでしょう。いくつか具体的な方法をご紹介します。
■目的のない行為をする
常に目的のために動くのではなく、たまには目的のない行為をしてみましょう。例えば、ただぼうっと夕陽を眺めるだけでもよいのです。
■自分で料理する
もし毎日外食しているのであれば、そのうちの一食だけでも自炊してみることをおすすめします。余裕があれば、冷凍食品ではなく新鮮な食材を使ってみたり、作りながら味見やつまみ食いをしてみたりして、調理する過程そのものを存分に楽しみましょう。
■まちづくりに参加する
これも料理と同じように、まちづくりにおいてもそれが形づくられる過程に関わることが大切です。自分の知らないところで決められた方針にただ従うのではなく、地域の活動に参加して積極的に意思決定に関与してみましょう。
■自然に触れる
都会には「観賞用の自然」はありますが、「触れられる自然」はあまりありません。特に普段自然に触れる機会が少ない人は、ぜひ芝生に寝転んだり、畑仕事を手伝ったりして自然を味わってみてください。
──こういったことなら、無理なく日常に取り入れられそうです。
無理なく、少しずつでよいのです。日本語の「急がば回れ」と似た言葉で、イタリア語には”Chi va piano, va sano e va lontano”ということわざがあります。ゆっくり歩む人は、健やかに、遠くまで行く、という意味です。スローの理念を端的に表している、素敵な表現ですよね。
がむしゃらに「タイパ」を追求しがちな、忙しない現代社会。そんな中、スローという価値観は私たちに一度立ち止まることを促し、「よい生き方とは何か」「何のために生きるのか」と考える機会を与えてくれます。ぜひ、みなさんも取り入れてみてはいかがでしょうか。